積丹にアオリイカが定着か? 潮と地形が作る“隠れ家”

ショア
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今年の秋、積丹の海でちょっとした驚きがありました。
それは、アオリイカが定置網に毎日のように入っているということです。これまで北海道では珍しい存在だったアオリイカですが、今年は例年に比べて圧倒的に数が多く、しかも大きい個体が多いのが特徴です。

私のところでは2つの定置網を設置していますが、興味深いことに、アオリイカが入るのはいつも決まった方の網だけです。もう一方にはほとんど入らないのです。この差が何を意味するのかを考えると、そこにはアオリイカの行動パターンや地形・潮の流れが密接に関係していることが見えてきます。


磯場に生まれる「隠れ家」の環境

まず、アオリイカがよく入る方の定置網の位置を見てみると、その周辺は磯が入り組み、起伏が激しい場所にあります。海底には大小の根があり、ホンダワラ類(エゾヤハズモク)やアマモといった海藻も豊富に生えています。一方、アオリイカがほとんど入らない方の定置網は、比較的フラットで砂地が多く、潮通しが良い場所にあります。

このことからも、アオリイカが好むのは起伏のある岩礁帯や海藻が多い環境だと考えられます。
イカはもともと光を嫌う傾向があり、日中は海底の影や岩の隙間に身を潜める習性があります。
夜になると浅場へ上がり、小魚やエビ類などを捕食します。そうした行動を考えると、起伏があり隠れる場所の多い磯場はまさに理想的な住処といえます。

積丹のように地形が複雑で潮のヨレができやすい海は、アオリイカにとって格好の狩場です。小魚が潮の巻き込みに集まり、それを追ってアオリイカが行動する。この一連のサイクルが、結果として「入る網」と「入らない網」の違いを生み出しているのだと思います。


「下り潮の日」に多く入るという法則

もう一つ、非常に興味深い傾向があります。
それは、アオリイカが下り潮の日によく入るということです。上り潮のときにはほとんど入らず、下り潮の日になると一気に増える傾向がはっきりと見えます。

積丹の沿岸では、南から北へ流れる潮を「下り潮」と呼びます。この潮が流れると、沿岸の岬や岩礁に潮がぶつかり、その裏側に“反転流”や“潮だまり”が生まれます。そこに小魚や甲殻類が集まるため、アオリイカもその潮の変化を感じ取り、餌を追って接岸してくるのだと思われます。

アオリイカは潮の流れに非常に敏感で、流れが速すぎる場所よりも、潮が緩む場所や反転する場所を好む傾向があります。まるで潮の動きを読んで行動しているかのように、下り潮の日にはその潮目に沿って回遊してくるのです。

逆に上り潮のときは、潮が沿岸から沖へ抜けるように流れるため、アオリイカが網の方向に寄りづらくなります。こうした潮向きの違いが、漁獲の差としてはっきり表れているのです。


温暖化とともに北上するアオリイカ

もう一つ見逃せない要因が、海水温の上昇です。近年、日本海の水温は平均して1〜1.5℃上昇していると言われています。アオリイカが活発に活動するのはおおむね18〜28℃の範囲ですが、
以前の積丹沿岸は秋になるとすぐに18℃を下回り、活動にはやや厳しい環境でした。

ところが、ここ数年は10月に入っても高温を保つ日が増えています。今年もその傾向が強く、9月から10月にかけての水温が高めに推移しました。つまり、アオリイカにとって快適な環境が長く続いていたということです。

その結果、南方から対馬暖流に乗って回遊してきた個体が積丹周辺で滞留し、定着するようになってきた可能性があります。これは一時的な現象ではなく、積丹の海に新しい個体群が形成されつつあるサインかもしれません。


アオリイカの「産卵地」になる可能性

アオリイカは、海藻や流木などに卵を産みつける習性があります。
南方ではホンダワラやアマモなどの群生地が産卵場所として知られていますが、積丹の沿岸にも同じような環境がいくつもあります。

もし、今年の秋に見られたアオリイカの群れが産卵を行っていれば、来春にはその卵から孵化した小さなアオリイカ(いわゆる“新子”)が見られるかもしれません。
それが確認できれば、積丹でアオリイカが越冬し、定着していることを示す大きな証拠になります。

春〜初夏(3月〜7月)|本州南部の産卵シーズン

この時期はまさに和歌山・三重・高知などが主戦場です。黒潮の影響で水温が早く上がり、3月下旬には18℃を超えます。串本では春の親イカシーズンが開幕し、2〜3kgクラスの大型個体が浅場に入ります。

春の親イカは非常に警戒心が強く、産卵を控えているため、エギへの反応も慎重です。一方で、ヒットすれば間違いなく大型。まさに“春イカ=親イカ”と呼ばれる理由ですね。

この春に産み落とされた卵は、初夏(5〜6月)に孵化し、夏には10cm前後の新子として沿岸を漂います。


夏〜初秋(7月〜9月)|北海道・東北の適水温期

ここでバトンを受け取るのが、北海道や東北の日本海側です。7月に入ると海水温が18℃を超え、アオリイカにとって快適な環境になります。今年の積丹のように、胴長30cmオーバーの個体が定置網に入るというのは、まさに成熟した親イカが産卵を控えて接岸しているサインです。

水温から考えると、積丹での産卵期は7〜9月が中心。そして、もしこの時期に卵が産みつけられていれば、翌年の春(5〜6月)に「新子」が確認される可能性があります。

つまり、本州の春に始まったサイクルが、夏には北海道で完結する──そんな“生態リレー”が成り立っているのです。

来春、海藻帯を観察して卵塊が確認できれば、これは北海道の沿岸生態史の中でも貴重な記録となるでしょう。もしそれが実現すれば、釣り人や研究者にとっても新たな調査対象として注目されると思います。


潮と地形が作る「イカの通り道」

アオリイカが多く入る定置網の位置を地形図で見ると、外洋からの潮が岬にぶつかり、その反対側で巻き込むように流れているのが分かります。この潮の反転流が網の前を通り、ちょうど「潮の道」を作っているのです。

その潮の道をアオリイカがたどりながら、沿岸へと入ってきます。海底の起伏が激しい場所では、潮がぶつかって流れが乱れ、ところどころで潮が緩む“ポケット”のような場所ができます。そうした潮の緩みこそ、アオリイカが潜みやすい場所です。

つまり、網に入る・入らないの差は、単なる位置の違いではなく、潮と地形が作る通り道の違いなのです。これは釣りでも同じことで、エギングで狙う際も潮のヨレや反転流ができる場所を探すことが、釣果を大きく左右します。


北の海で進む生態系の変化

ここ数年、積丹や日本海沿岸ではブリ、ヒラマサ、クロマグロなどの暖海性魚種がどんどん北上しています。そして、今年はアオリイカがそれに続いた形となりました。

この動きは単なる一過性の現象ではなく、海全体の温暖化による生態系の変化の一端と考えられます。アオリイカは中型捕食者として食物連鎖の中間に位置しており、小魚や甲殻類を食べながら、自身も大型魚や海獣の餌になります。

つまり、アオリイカが定着するということは、それを取り巻く捕食・被食関係が新しく形成されていることを意味します。この変化をどう捉えるかは、今後の漁業や資源管理にも大きく関わってくるでしょう。


経験から学ぶ「海の法則」

海で仕事をしていると、数値やデータだけでは読み取れない“感覚の法則”があります。それがまさに潮の向きと魚(またはイカ)の動きです。

「今日は下り潮だから入るだろうな」と感じた日には、やはりその通りにアオリイカが網に入ります。海は無口ですが、注意深く観察していると、ちゃんと一定のリズムやサインを見せてくれるのです。

今回のアオリイカの大量入網も、地形・潮・水温といった要素が絶妙にかみ合った結果だと思います。偶然ではなく、自然の仕組みが示す“答え”なのです。


おわりに

今年、定置網に光るアオリイカの体を見たとき、「いよいよ積丹にもこの時代が来たか」と感じました。海はいつも変化しており、同じ日は二度とありません。

潮の流れ、地形、そして気候。そのすべてが複雑に絡み合いながら、今の積丹の海を形作っています。

アオリイカの増加は、その変化の象徴だと思います。来年、春の海藻帯を観察し、もし卵が見つかれば、それは積丹の海に新たな命の循環が生まれた証です。

これからも潮を見ながら、そして自然の小さな変化を見逃さないように、この海と向き合っていきたいと思います。

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