マグロはなぜ日本海にやってくるのか? 夏になると、北海道や東北の日本海側ではクロマグロのナブラ撃ちが熱を帯びてきます。釣り人にとっては夢のターゲットであり、そのダイナミックな捕食行動を目の当たりにすれば、誰もが心を奪われます。
積丹でも注意深く見ていれば、岸からでもナブラは見えます。凪の日はバシャバシャやっているのを確認しています。ショアからでも届く距離でも発生することはよくあります。
しかし、なぜマグロは日本海にまでやって来るのでしょうか? そして、そこにどんな“海の仕組み”が関係しているのでしょうか?
キーワードは「日本海固有水(にほんかいこゆうすい)」という、深海に広がる“冷たい水の層”です。
日本海固有水とは?|閉ざされた海にある特異な冷水層
日本海は世界的に見ても珍しい、閉鎖性の高い内海です。対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡など、いずれも浅く狭い海峡で外洋との接続が限られており、深さが3000mを超えるにもかかわらず、深層の水は入れ替わりにくいという特徴を持っています。
このため、日本海の深海には0〜1℃という非常に冷たい水が広がっています。これが「日本海固有水」と呼ばれるもので、水深およそ200m〜にかけて存在します。

この水は毎年冬季、シベリアからの季節風により日本海北部の表層水が強く冷却されて沈み込むことで形成されます。外洋との水交換が少ないため、一度沈んだ冷水が長期間にわたり底部にとどまり、「底部冷水層」という状態が保たれているのです。
日本海固有水はマグロと関係あるの?
「クロマグロの適水温は15〜20℃」という事実を聞いたとき、「じゃあ水温0〜1℃の日本海固有水は関係ないんじゃないか」と感じるかもしれません。
しかし、実際にはこの深層冷水が間接的にクロマグロのエサ環境を支える極めて重要な存在になっています。
その理由は3つあります。
① 深層の栄養塩が表層へ届く
冷たい日本海固有水は、酸素と栄養塩(窒素・リンなど)に非常に富んでいます。この水が海底斜面や地形変化に沿って“湧き上がる”(アップウェリング)と、表層の植物プランクトンが活性化。それをエサにする小魚やイカが増え、クロマグロのベイトとなる群れが形成されるのです。
つまり、深海の冷水は、表層の生態系を根本から支えているということになります。
② 潮目と躍層(サーモクライン)を生む
深海の冷たい水と、夏の表層の温かい水が混じり合うことで、海の中には温度や塩分の“段差”(サーモクライン、ピクノクライン)が生まれます。
この段差には栄養がたまりやすく、ベイトが集まりやすいゾーン=クロマグロの回遊ルートになりやすいのです。
特に水温15〜20℃の適水温帯は、深層と表層の“中間”に位置しやすく、クロマグロが活発に泳ぎ回るエリアでもあります。
③ クロマグロの深場利用と恒温性
クロマグロは「高速遊泳の王者」と言われる通り、非常に優れた運動能力を持っています。特筆すべきはその恒温性。筋肉や脳、目の周囲を高温に保つ逆流熱交換機構(レテ・ミラーレ)を持ち、冷水の中でも活動が可能です。
実際、タグ調査では水深500m以上の深海に潜った記録や、短時間で1000m超に達した例も確認されています。
つまり、クロマグロは表層のナブラだけを泳いでいるわけではなく、深場の水塊にも順応してベイトを探しているのです。
この深場に存在するのが、まさに「日本海固有水」。直接入り込むかどうかは条件次第ですが、その境界層(約200〜600m)にはクロマグロが頻繁に入り込む可能性があるとされています。
水深80mからトップへ|クロマグロの高速浮上とルアー戦略
実際の釣りでも、魚探で水深80〜100mに反応が出たと思ったら、数秒後に水面でヒットするというパターンがよくあります。
クロマグロの最大速度は時速70〜90km(秒速20〜25m)にも達し、80mを最速で浮上すればわずか3〜4秒。表層バイトまでは5〜8秒が現実的な時間です。
これを想定すれば、ルアー操作中に“一瞬で突き上げてくる”バイトに備える心構えが必要です。しかし、ジャーキングを続けてしまうとバイトチャンスを逃がすことになってしまいます。
最近では、浸透してきたかと思いますが「ほっとけ」が有効というわけです。ただし、80mからルアーを見つけることは、よほどの澄み潮の時でしょう。現実的に考えても30m程度であれば十分考えられるとは思います。
なので、ワンアクション後は5秒から8秒はステイさせることが釣果につながるのはないかと考えます。ブリやヒラマサとは全く違うのです。
ビックベイトで着水音で知らせる。テンションを張り過ぎないように糸ふけを取る。下からドッカーンとチェイスしてくるかもよ(笑)。
紫外線はどこまで届く?視覚の限界とルアー戦略
ここで少し視点を変えて、「マグロが見ている世界」についても触れておきましょう。
クロマグロをはじめとする多くの魚は、紫外線(UV)を含む4色型視覚を持つことが知られています。これにより、人間には見えない微細な模様や光の反射も識別できるのです。
しかし、海中では紫外線は10〜30m程度までしか届かないため、いくらマグロがUVを見られても、深場では役に立ちません。
30m以深ではUVカラーではなく、グロー(蓄光)や波動、シルエットでルアーをアピールする必要があります。
今後の気候変動がもたらす影響とは?
日本海固有水は、数年〜数十年単位でその“鮮度”が変化します。近年では、深層対流(冷水の沈降)が弱まり、酸素濃度が減少傾向にあるとの報告もあります。これは、ベイトの減少→マグロの回遊数減少→漁獲への影響、という連鎖を招きかねません。
クロマグロの釣果を支えているのは、目に見えない深海の仕組みかもしれない。
そう考えると、私たち釣り人にも“海の状態”への理解と関心が必要です。
深海から始まるマグロ回遊のドラマ
- 日本海の深部に広がる「日本海固有水」は、0〜1℃という冷水層であり、外海と隔絶された特異な海洋環境。
- この冷水が海の栄養循環の根源となり、表層のベイト形成を支えている。
- クロマグロはこの栄養に満ちた海にベイトを求めて回遊し、水温15〜20℃帯を中心に活発に動く。
- 紫外線視覚や深海潜行能力も、マグロが“見えない世界”で生きている証である。